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SS『太陽と月』

「もーいーかぁーい」

「まーだだよ!」

うきうきしてるのが隠せない彼女の声が蘇る。明るくてハキハキとしたいい声だった。
あの体育館に通じる通路の向こうの木の裏あたりで声がしていた。

幼馴染の友達のタエちゃんはかくれんぼが大好きだった。
もう学校の敷地内の隠れ場所なんて殆ど網羅してしまっているのに凝りずに飽きずにかくれんぼ。

私が近づいて、見つけて「みーつけた!」と言っても、すぐには動かずじっとしていた。
「見つかってるってば!」といつものように笑って言うと口を尖らせて茂みなどから出てくるのだ。
そして口癖は「もっと広いところでかくれんぼしたいなぁ」だった。

小学4年生となるとゴム跳び遊びも流行っていたがタエちゃんは下半身を動かす遊びがあまり得意ではなかったのかゴム跳びをしているグループのところには絶対に近づかなかった。

かといって教室で読書をしたり、絵を描いたりする大人しい女の子ともちょっと違っていた。
クラスメイトの中ではちょっと変わった雰囲気をもつ女の子だった。

私と言えば
ふらっと校庭に出た先で遊びに誘われれば加わったりの女子特有のグループには属さない女子だった。

そんな中でも
無邪気なタエちゃんと一緒にいるのは多かった。
彼女、タエちゃんは複雑な女子の思考に付いていけないようで1人でいることが多かった。
私は結局のところ裏表のない人といるのが一番居心地よかった。

他の友達に「なんでタエちゃんと遊んでるの?」
なんて言われた時はどう答えていいのかわからず苦笑いして返した。
そうしたら、私はタエちゃんと仕方なく遊んであげてるという悪口が広まった。
私は心底女子は怖いと思った。

それから彼女の表情が気になってドキドキした。
あの様子では彼女の耳にも入ったはずだったけど、いつも変わらない無邪気な笑顔を私に見せた。
私はすごくホッとした。
その件については何も聞いてこないでくれた。
彼女があの頃、心の中でどう思っていたかなんて今となってはわからない。

ただ、彼女と私の歴史は3歳頃から小学校卒業するまでの約9年間もあって、特に深い話をしたことはなかったんだけど、お互いの好きな場所とか遊び、好きな色とか、クセとか、得意なこととか、ウケるツボとか自然に知り合っていて無理のない関係だった。
だから、仕方なく遊んでいるなんて話は、まともに受けず、気にしていなかったんじゃないかな、と今は思う。
仕方なく遊んでいると感じれば、彼女は私を誘うことなんてなかったはずだ。

得意なことと言えば、タエちゃんは工作が得意で、私は彼女の作るものには一目置いていた。
私も工作は好きだった。
だからこそ、見る目はあったのかもしれない。

3年生の時に授業で陶器の箸置きを作ったことがある。
私は白玉をひらべったくひたような形にしてありきたりな兎のイラストを描きこんだ。
彼女の箸置きは、箸置きそのものがひとつの枯葉だった。
先端が少しひねられていて動きのある黄色い枯れ葉。
送られてきたその完成品を見た時、私はそれが欲しくて自分のと交換しようと言ってみたがお母さんにあげるからごめんね、と断られた。
本当に最初から贈り物として大事に作ったんだろうと思う。

そして、彼女の自由課題で作ってきた「太陽と月」の抽象的オブジェを見た時には、子供ながらに彼女に特別な力を感じた。
何かに出展することもなかったようで昇降口に置かれていたショーケースにある期間飾られていた。

他クラスの教員達がそのオブジェの前に立って腕を組み、何か話し合いながら頷き鑑賞しているのを見掛けた時には、あの作品を特別に思うのは私だけじゃないってことを確信して興奮した。
大人にもわかる芸術作品だ。
そして、あの作品の良さがわかる自分を誇りに感じたのを覚えている。

その後は図工室の前にお手本として飾られるうちのひとつに加わっていたそのオブジェ。
掃除当番で図工室の前を掃除する時にクラスメイトはその抽象的すぎるオブジェを見てはただただ馬鹿にしていた。
薄暗く乾燥したその廊下に置かれていたガラスのケースの中であっても、間違いなく一際に異色を放っていたのだ。
もしかしたら、美術館で展示されてもいいくらいの作品だったんじゃないかと思う。
そういう意味で言えば、作品を理解してもしなくても目立つ作品だった。
あの作品と箸置きは彼女の家族の元にあるのだろうか…。

「てぃろりん、てぃろりん、てぃろりん」

携帯の着信音が鳴る

電話に出ると母だった。
「もうすぐでお昼なんだけど、家で食べるでしょ?」
「うん」
「ラーメンでいい?」
「うん、いいよ~ありがとう」

「ねぇ、お母さん」
「なぁに?」
「タエちゃんのお母さんと今でも話したりすることあるの?」
「…うーん、今はないねぇ…」
母の声のトーンが明らかに下がる。
「そっか、わかった」
「うん、でも…なんで?」
「………」
少し沈黙の時間を作ってしまった
「小学生の頃作ったタエちゃんの作品はまだあるのかなーって思ってさ。もしかして自宅にあるのかなって」
「あータエちゃん上手だったもんね、そういうの」
「今ね、懐かしくなって小学校に寄ってるんだけど、タエちゃんの作品のこと思い出したら無性に気になってさ」
「うん」
「ねぇ、お母さん、お昼食べたら、私、タエちゃんち訪ねてもいいかな?」
「それはいいんじゃない?嬉しいと思うよ」
「そうだよね、ありがとう」
「うん」
「じゃあ、ちょっと手土産になるものを買ってから帰るね」
「はーい」

タエちゃんは、小学校を卒業して私立の中高一貫の学校へ入った。
中学生になってから驚くほど会わなくなった私達。
家は5分と離れていないのに、急に疎遠になってしまった。
そして、高校生の時の突然の彼女の訃報。

会おうと思えばいつでも会えると思っていたあの無邪気な笑顔が消えた。

そんなこと、信じられなかった。

訃報は回覧板で回った。
名前とお通夜の日時が書かれていた。

何度もタエちゃんの名前を見返した。

なんで?なんで?
どうして?
嘘でしょ?

私は、その夕方に至急で回った回覧板を母から渡されて、私もお通夜に行くかどうかを聞かれた。

あの時なんでタエちゃんを見送ってあげなかったんだろうと悔やんでも悔やみきれない。

彼女の死を信じたくなかったのか、身近な人が亡くなったことが恐ろしかったのか、とにかく行かなかった。行くことは出来なかった。

その後、私は周りの同級生と同じように成長し、就職した。結婚して子供も産んだ。
彼女のことは心のずっと奥の方にしまったまま生きてきた。

彼女を思い出す時が何度かあった。
思い出す度、彼女がこの世に存在しないことから目を背けるように、それらから目や耳を遠ざけた。
それは、知らない子の夏服の袖から見えるほっそりとした白い腕が見えた時、下校時に聴聞こえてくる楽しそうな笑い声。
草と土の匂いが鼻についた時、
湿った土と赤いスニーカー、出掛け先に展示されている児童絵画、陶器の箸置き…。

うん、

彼女に会いに行ってちゃんと死を受け止めよう。
お線香をあげに行こう。
今日はそれをやり遂げたい。

今日学校に引き寄せられたのも運命なんだろう。
そろそろ会いにおいでよ、と彼女が私を呼んでいるのかもしれない。

彼女がなぜ亡くなったのか、結局わからないままだ。
なんであんな才能のある彼女の未来が絶たれたのか…。

3歳の子供をもつ親として、私は今ものすごく知りたい。
何が彼女の身に起こったのか…。
もしも彼女のお母さんが話してくれるならば聞きたいと思う。

そして、箸置きと、あの「太陽と月」が今もあったなら、写真を撮らせてもらおう。
そして、自分の子供が小学生の4年生になる頃に見せてあげたいと思うんだ。